PETER BARDENS 追悼ページ


Pete, we will miss you forever...
Our minds are always with your music.

Rest in peace, Pete.

訃報 関連記事

PETEへの追悼メッセージ集

特別寄稿ミスターシリウス 宮武和広

PETER BARSENS Discography


訃報関連記事等

ピートは2001年の5月に脳腫瘍の摘出手術を行った後、さらに肺癌の診断を受け、闘病生活を続けていましたが、2002年1月22日の早朝3時頃に、家族に看取られながらカリフォルニア、マリブの自宅で亡くなりました。
ピートは病魔と勇敢に戦い、最後まで持ち前のユーモアを失わなかったそうです。
アーティストであると同時に良き父親でもあった彼のあとには、娘のタルーラさんと、二人の息子ベンとサムが残されました。

昨年の9月28日には、旧友であるミック・フリートウッドにより、ピートの闘病生活を支援するため、カリフォルニアはピートの自宅があるマリブ近くのアゴーラ・ヒルズにある「キャニオンクラブ」というライブスポットで、チャリティー・コンサートが開催されました。このコンサートには、ミック・フリートウッドの他、ジョー・ウォルシュ、シーラ・E、スティーブ・アダムス他が集まり、ピートと共にライブ演奏を披露した他、ピートの愛娘タルーラ嬢もエンジェル・ボイスを披露し、観客を魅了したとのことです。
キャニオンクラブでは、サイン入りのピートの新譜"Art of Levitation"の他、彼の制作したリトグラフ等が販売されました。
コンサートの収益金は、一部がピートに贈られたほか、「MusiCare」という、病気他の様々な問題を抱えているミュージシャンを救済するための機関に贈られました。

関連記事:
 The Acorn:Mick Fleetwood here for benefit concert
 The Sacramento Bee:Rock keyboardist Pete Bardens has died
 Los Angeles Times:PASSINGS Pete Bardens, 57; Keyboardist With ManyRock Bands
 
儀は1月30日にサンタモニカのハリウッド・フォーエバー・セメタリーで執り行われました。
葬儀には彼の家族、ピートの父親で心霊研究家のデニス・バーデンス氏をはじめ、元奥様であったジュリア・ニールズさん、子供達タルーラ、ベン、サム、そして、親友であったアンディー・ラティマー、ミック・フリートウッドの他、大勢の友人達が参列したそうです。
遺族宛てに、カードや手紙を出したい方へ、あて先はこちら。
Bardens
Box 432
10061 Riverside Drive
Toluca Lake, CA
U.S. 91602

訃報についての詳細は以下のサイトも合わせてご覧下さい。(*現在閉鎖されている模様です)

心からご冥福をお祈りいたします。


PETEへの追悼メッセージ   〜天国のPETEへ届け!〜

飯田 昇
 先ほどHPで突然あなたの訃報を知り愕然としています。この悲しみをどう表現していいのかわかりません。
本当にショックです。あなたはずっと私のヒーローだったのに...
あなたの思いのこもった一つ一つのフレーズはこれから先も私を魅了しつづけることでしょう。さようならピーター。

ハンさん
 ピートが在籍したCamelとの出会いは10代の頃です。 それはFM放送でThe Snow Gooseの新譜紹介を聴いたのがきっかけでした。”修学旅行の列車の中、このエアチェックしたテープを携帯用テレコ(そのころはまだウォークマンが無かった時代)で聴いていた”、”MOONMADNESSのLPに付いていたポスターを部屋に貼っていた(ピートの写真がメンバー中一番カッコ良かった)”、”自宅のドラムを置いている部屋でメンバーが集まり,Lady Fantasy,Never Let Go...をガンガン演奏して近所から苦情がきた...” などなどのなつかしい想い出が多々あります。今でもCamelが大好きなのは10代の頃、感受性の高い時期に聴いた音楽であるから.....やはり残るものなのですね。
 ピートは美しいメロディを奏でるプレイヤーでした。まず彼のLady Fantasyでのオルガンプレイにひかれました。 背中にゾクゾクっていうやつです。 テクニックうんぬんでは表せない心にしみるプレイです。楽曲の中で完成度が高いと思うのはLunar Seaでしょうか。あのイントロから始まる音空間を作り出したのは素晴らしいです。中間部で聴けるシンセソロもMoogの音色を生かしていて月における浮遊を表していてとっても良いです。
 ピート...あなたの奏でた美しいメロディは永遠に私たちの心に残ります。どうぞ安らかに...。

後藤 秀樹
バーデンス訃報に触れて

あまりに急なニュースで驚いています。
キャメルのファーストが出された時に、その柔らかくしなやかで温かいサウンドを聞いて以来、夢中になったものでした。その後、バンドを離れた時には悲しい思いをしましたが、ソロとしても、変わらず素敵な音楽を私達に届けてくれたことを嬉しく思います。
あなたの音楽は永遠に受け継がれていくことでしょう。
I Wish Never Let Go


紀州の駱駝
 『The Art Of Levitation』を聴きつつ…

1978年に『A Live Record』で初めてPeteさんの演奏を聴きました。それがきっかけでプログレにのめり込んでしまい、40歳を過ぎた今でもCamelやCaravanを追っかけ続けています。
小学生の時にピアノを習っていたこともあり、Peteさんにあこがれていました。高校生の時には1曲だけでしたが彼の曲を学園祭で演奏しました。私にとって、プログレの原点はCamel、すなわちPeteさんであったと言っても過言ではありません。
一度でいいから彼の演奏する「Echos」「The Sleeper」を、そして彼の歌う「Julia」「RainingAll Over The World」をライヴで聴きたいと思っていましたが…、もうかなわぬ夢となってしまいました。
でも、今までもそうだったように、Peteさんがこの世にいなくても、私は生涯彼の曲を愛し続けます。
本当に素晴らしい数々の曲をありがとう!

最後に一言。『Heart To Herat』CD化と現在入手不可能なCDの再発を切望します。>関係各位


Arubaluba
Earthrise
はじめまして。
このサイトを見つけた喜びと、ピートの死を知った悲しみがないまぜになった複雑な気持ちで、キーを叩いています。
9年1月。厚生年金大ホールで(今となっては貴重な)ダブルキーボードを聞きながら「ここにピートがいてくれたら…」と(ほんの少し)残念に感じていたあの日が昨日のことのように思い返されます。
きっと今、ピートは遠く離れた世界から、美しい Earthriseを静かに見守っていることでしょう。

VINO
安らかに...
  又、ひとつ、私の心の中にピリオドが増えました。
  悲しいです..

エーハブ船長
 貴方の作った音楽は永遠に生きつづけます。私達はいつまでも貴方の曲を聴き、唄い続けていくでしょう。今はただ安らかに眠ってください
http://www.iris.dti.ne.jp/~yutayuta/index.htm

Rainbow Camel
●ずっと聴いていると、羊水につかってるような、海に浮かんでいるよな安らぎを感じるキーボードでした。
●それぞれのバンドの歴史の中では、運命的なメンバーが集まるときがあると思います。初期のキャメルがそのひとつではないでしょうか? 
●ソロの音楽をまだ聴いたことがないので、熱心なファンではありません。でも、キャメル時代のキーボードの響きは、心にしめる割合が高いんです。
●願わくば、初期のキャメルのメンバーの新しい音楽が聴きたかった。今みたいな世界だからこそ、キャメルの音楽、あのキーボードの安らぎが必要だと思うんです。残念です。
●天の国から地上へキーボードの調べを降りそそいでください。


特別寄稿
ラヤダーに凝縮されたリリシズムとロックスピリット
ミスターシリウス 宮武和広

私をプロフレッシブロックの深遠へと誘ってくれた貴重な曲がある。とても忘れ去ることのできない、あまりも優美であまりも美しいグレートマーシュに導かれて、そこに存在する「ラヤダー」という曲。この曲のたった3分余りの中に凝縮された幽玄・キャメル節こそ、三十数年、ミスターシリウスの心をとらえてはなさない「神様からの贈り物」である。

スノウグースはバーデンスとラティマーの共作ということで、曲に個別のクレジットはない。ここでフルーティストとしての鋭いアナリーゼをすると、ラティマーは私同様専任のフルート奏者ではない。なれば、そういった人々は自分の不得意とする音域からは、決してメロディーを構築しないというのが陰の鉄則だ。

ラヤダーの冒頭にきかれるラティマーの半ば苦しそうなアンブシュア(空気を通すための唇のフォルム)を鋭くききとって欲しい。明らかにこれはラティマー発のメロディーではない。そしてメロディーユニゾンをキーボードが代用したり、まことに巧みで思い入れ豊かな装飾をききとるとき、私はこの楽曲が間違い無く「ピーターバーデンス」の筆になることを確信するのである。

キャメルの名曲は数々あれど、特にこの「ラヤダー」には時を超越する彼らの魅力に満ち溢れている。まずは光り輝くメロディーライン。見落とされがちだが、アンディーワードのスネアのセンスとダグ・ファーガソンのベースとのコンビネーションは、私が古来より「これがロックアンサンブルである」と信じているものが見事、具現化されている。

バーデンスは決してテクニカルなプレイヤーではない。誰にでも手の届くようなプレイを展開する。ハモンドもさして特別なトーンバーの設定でもなく、スケールも極めてシンプル。シンセサイザーは甘め・丸めの波状フィルターをむしろ好み、特徴ある音をクリエイトしているとは言い難いこともあった。

しかし今日こうしてファンの心を掴んではなさないのは、その控えめな音色の奥に秘められた燃ゆるスピリット。メロディーを常に重視する音楽家としてもっとも欠くべからざる姿勢。キャメルの全盛期を支えた素晴らしいキーボーダーは、いつも私の心のLPプレイヤーで健在であった

手の届くプレイでファンを魅了しつづけたバーデンスが、とうとう手の届かない彼の地に旅だってしまった。心より冥福を祈りたい。

(Mr.Sirius)

追悼 - CAMEL FAN WEB SITE JAPAN主催者 山田 陽子

 確か15の頃であったと思います。初めてレコード店で、"Moonmadness"のジャケットを手に取ったのは・・・。今でもその当時の光景とその場の空気を昨日のことのように鮮明に思い出せるのは、その瞬間が私の人生を大きく変える転機となっていたからだろうと思います。
 内容も判らずジャケットの絵に惹かれて買った1枚のレコード。しかし、家に帰り針を落とした瞬間、既に私はキャメルのファンになっていました。その後すぐ、既に出ていたタイトルを買い集めたことは言うまでもありません。

 何故、これほど美しいメロディーを紡ぎ出すことができるのか。バーデンスとラティマーの創り出すファンタジックで暖かい音の世界に心酔し、とりわけ、自分もピアノを習っていた私には、ピーター・バーデンスという、時に優しく、時にエモーショナルに音を繰り出すキーボード・プレイヤーがどんな人物なのか、非常に気になるようになりました。そして、ピーターのことをいろいろと調べるうち、彼も私と同じく左利きらしいこと、ピアノを習いつつ美術学校に通っていたこと等、数々の自分
との共通点を知り、何か彼が遠い他人のように思えなくなっていったのです。

 その頃私は既にコピーバンドで、ビートルズ等を演奏するようになっていましたが、キャメルと出会ったことがきっかけで、自分も「人の心を慰めたり優しい気持ちにできるような、感動させる音楽を創る人間になりたい」と強く想うようになりました。それが形になったものが、現在の私の音楽活動であります。1ファンとしてよりも、同じ様に音楽を志す者として少しでも彼に近い存在になりたいと常に心から願ってきたのでした。
 私の音楽人生は、"Moonmadness"のジャケットを手にした遥かなあの日から、常にピートと共にあったと言っても過言ではありません。ピートに憧れてミュージシャンを志し、初めてリリースされた自分のバンドのレコードを、キャメルと共に棚に並べた時の感動は忘れられません。

 ピートのブルージーでソウルフルなハモンドがとても好きでした。
 ピートの作る曲がとても好きでした。
 ピートの歌う明るい声がとても好きでした。

 マリブからは遠い日本にいると、もう彼がいないなんて、とても信じられない気持ちです。昨年の夏、お見舞いのメールを出してお返事を頂いたときは、快方に向っていらっしゃるとのことで、本当に嬉しかったのに。今でも、メールを出したら"Hi Yoko,"と、返事が返って来るのでは・・・と、諦めきれない気持ちが心を去りません。
 彼とて、近年は御自身のサイトを立ち上げたり、ボーカリストとしての娘のタルーラさんという素晴らしいパートナーを得て、新たな音楽活動の道を歩み始めた矢先だったのですから、非常に無念な想いだったのではないかと思います。
 辛い闘病生活の中においても、1ファンである私に心のこもったお返事を下さった彼の暖かい気持ちを決して忘れずにいたいと思います

 自分の音楽人生の中での彼の影響と存在の大きさに、今更ながら驚いている自分がいます。それは、これから先自分がこのまま音楽活動を続けていけるのだろうかと思うくらいです。
 私はきっといつまでも、彼が人生半ばにして永遠に去ってしまったことを寂しく思うことでしょう。

 逝ってしまった人に対して「安らかに」と言うけれど、それは残された者達の心を安らかにしたいという慰めでしかないのではないでしょうか。
 「天国で云々」と言うけれど、「天国」という場所は所詮残された私たちの悲しみと畏怖の心を癒すための場所でしかないのではないでしょうか。

 レコードやCDというのは、不思議な道具であります。過ぎ去った時間の断片が音となって詰まっている「時」のかけらです。そして、束の間、彼の在りし日の「時」と私達の生ある現在の「時」とが交錯する。私達は彼の「時」のかけらを握り締めながら、時が悲しみの心を癒して行くのを待っているしかない。・・・そんなふうに思います。
 いつも「今が辛いときでも、明日は明日の風が吹くさ」みたいな歌を歌っていたピート。私も、そんな勇気を持って生きて行けたらと思います。



PETER BARSENS Discography

WEB DESIGHN : YOKO YAMADA